暖かい絆を
テーマ:地域のこと
2010/01/20 08:00
寒の間であるというのに、昨日と今日の暖かさはどういうことなのでしょうね。いずれにじても、暖かいということは、ホットしますので有り難いことであります。
こちらの写真は、一昨日18日月曜日朝の長浜市余呉町中河内の集会所前です。

ご覧のとおり、降雪して積もった雪と屋根から落ちた雪とで、庇までつながってしまっています。

こうすれば、豪雪の凄さがお分かりいただけると思います。

集落の様子もこのように、大変な状況です。中河内が豪雪地帯ということを知識では知っていても、現実を見て、そこに生活をされている方々と接しさせていただくと、私の想いは大きく変わりました。
中河内の方々には、心からお見舞いを申し上げ、皆様のご健康とご多幸をお祈りしたいと思います。
ご存知のとおり、本年元旦を以って、旧長浜市と湖北6町が合併しまして、新市・長浜市の誕生と相成りました。いずれは隣の米原市ともひとつとなり、更に大きな都市になっていくことでしょう。私は、折りしもこのタイミングに中河内集会所の改修工事をさせていだたくことになり、週2回ほど行っております。私どもの会社から湖岸道路を経て、国道8号線、国道365号線を北へ一路車を走らせること約50分、ここ中河内に到着することができます。私は、長浜市の中心市街地に住居を賜わっており、駅まで歩いて7分程度の便利なところに住んでいます。同じ湖北・長浜なのに、雪は何もありません。

これは、先週の成人の日の写真ですが、この雪の状況はこの通りです。私は、同じ市の中での積雪というこの現実の違いを直視して、普段ややもするとしっかりと知ることのない世界を今回知ることとなり、真摯に考えさせられました。もともと同じ湖北地方であったわけですし、今回合併で同じ長浜市になったわけですが、この広いような狭い地域の中で、まだまだ知らない地域、知らないことはたくさんあります。知らないということをそのままにせずに、知らない世界、見えない世界のことに想いを巡らして、感謝して生きて行きたいと思います。
私たちは普段、自分の見える狭い世界の中で生きていると自覚しています。しかしながら、自分の見える世界とはごく限られたほんの一部の世界であり、同じ時間空間の中で、自分の知らない世界、気づいていない世界、見ることのできない世界があります。また、人間では見ることのできない世界があります。
一見それらの世界とは無縁であるように考えると思いますが、果たしてそうなのでしょうか?
唯物主義が蔓延してしまっている今日。目の前の現実に囚われている自分がどこかにあるのではないでしょうか。科学が発達し、神様や仏様に対する畏敬の念が昔とは少しづつ変わりつつあります。しかしながら、私たち人間は神の創造物であり、本来は神様や仏様に生かされて生きているということ。つまり、目に見えない世界によって生かされて生きているということを、今一度よく認識しなければと思います。
この世に生まれ同じ地域に住むご縁、このご縁を暖かい絆で包んでいけるように努力しなければと思います。
感謝
船浅 藤居昌幹
こちらの写真は、一昨日18日月曜日朝の長浜市余呉町中河内の集会所前です。

ご覧のとおり、降雪して積もった雪と屋根から落ちた雪とで、庇までつながってしまっています。

こうすれば、豪雪の凄さがお分かりいただけると思います。

集落の様子もこのように、大変な状況です。中河内が豪雪地帯ということを知識では知っていても、現実を見て、そこに生活をされている方々と接しさせていただくと、私の想いは大きく変わりました。
中河内の方々には、心からお見舞いを申し上げ、皆様のご健康とご多幸をお祈りしたいと思います。
ご存知のとおり、本年元旦を以って、旧長浜市と湖北6町が合併しまして、新市・長浜市の誕生と相成りました。いずれは隣の米原市ともひとつとなり、更に大きな都市になっていくことでしょう。私は、折りしもこのタイミングに中河内集会所の改修工事をさせていだたくことになり、週2回ほど行っております。私どもの会社から湖岸道路を経て、国道8号線、国道365号線を北へ一路車を走らせること約50分、ここ中河内に到着することができます。私は、長浜市の中心市街地に住居を賜わっており、駅まで歩いて7分程度の便利なところに住んでいます。同じ湖北・長浜なのに、雪は何もありません。

これは、先週の成人の日の写真ですが、この雪の状況はこの通りです。私は、同じ市の中での積雪というこの現実の違いを直視して、普段ややもするとしっかりと知ることのない世界を今回知ることとなり、真摯に考えさせられました。もともと同じ湖北地方であったわけですし、今回合併で同じ長浜市になったわけですが、この広いような狭い地域の中で、まだまだ知らない地域、知らないことはたくさんあります。知らないということをそのままにせずに、知らない世界、見えない世界のことに想いを巡らして、感謝して生きて行きたいと思います。
私たちは普段、自分の見える狭い世界の中で生きていると自覚しています。しかしながら、自分の見える世界とはごく限られたほんの一部の世界であり、同じ時間空間の中で、自分の知らない世界、気づいていない世界、見ることのできない世界があります。また、人間では見ることのできない世界があります。
一見それらの世界とは無縁であるように考えると思いますが、果たしてそうなのでしょうか?
唯物主義が蔓延してしまっている今日。目の前の現実に囚われている自分がどこかにあるのではないでしょうか。科学が発達し、神様や仏様に対する畏敬の念が昔とは少しづつ変わりつつあります。しかしながら、私たち人間は神の創造物であり、本来は神様や仏様に生かされて生きているということ。つまり、目に見えない世界によって生かされて生きているということを、今一度よく認識しなければと思います。
この世に生まれ同じ地域に住むご縁、このご縁を暖かい絆で包んでいけるように努力しなければと思います。
感謝
船浅 藤居昌幹
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