あ、あ、あ・・・・あ
テーマ:まちづくり
2010/09/01 02:31
8月も終わりました。最終日はていくさんも書かれてましたように、今年の12月25日からプレオープン、1月15日から始まる江・浅井三姉妹博覧会の運営委員会。
昨年の暮れから1年近く詰めてきて、最初はそれぞれの地域の思惑や、反発があったりして、なかなかまとまりませんでしたが、ようやくカタチが見えてきました。9月からは前売りも始まり、本番へ向けてまっしぐらです。
さて、今月はイベントがらみの会合が多く
浅井三姉妹博覧会・アートインナガハマ・アーバングラスコンペティション と暑いからか「あ」つづき
そして11月3日には昨年に引き続き 浅井三姉妹ウォークが行なわれます。
「あ」ばかり重なって、いき を継ぐヒマもなさそうですな。
暑い夏の次は 実りの秋。
昨年の暮れから1年近く詰めてきて、最初はそれぞれの地域の思惑や、反発があったりして、なかなかまとまりませんでしたが、ようやくカタチが見えてきました。9月からは前売りも始まり、本番へ向けてまっしぐらです。
さて、今月はイベントがらみの会合が多く
浅井三姉妹博覧会・アートインナガハマ・アーバングラスコンペティション と暑いからか「あ」つづき
そして11月3日には昨年に引き続き 浅井三姉妹ウォークが行なわれます。
「あ」ばかり重なって、いき を継ぐヒマもなさそうですな。
暑い夏の次は 実りの秋。
新家業塾のご案内
テーマ:まちづくり
2010/08/30 01:01
特定非営利活動法人まちづくり役場では(株)商店街支援センターの補助を受け9月17日より「新家業塾」を開催いたします。
昨今、中小企業の後継者不足が大きな問題となっています。商店街でも同様で、長浜も黒壁効果などで数多くのお客さまが来街され、全国でも中心市街地活性化の代表事例といわれますが、その一方で後継者不足という大きな問題を抱えています。
特非)まちづくり役場では、まちづくりにおけるイエとミセとマチの関係性を重視して、いままで「長浜家業研究会」など家業の継承についての勉強会の開催やイエ・ミセ・マチ研究所の設置などの活動を行なってまいりました。
今後のまちづくりを考える上では、まちの担い手となる人材の育成が必要であり、そのために家業を文化と捉えた、これからの家業のあり方と後継者の育成を考えていかなければならないと考えます。
今回は、北近江秀吉博覧会のトータルコーディネーター・フードピア金沢のプロデユーサーをつとめられた出島二郎氏を講師に迎え、5回の講座を開催し、まとめとして家業フォーラムの開催を2月に予定しております。
塾生の募集期間は9月10日まで。定員は15名で、すでに金沢など県外からの参加応募も来ています。申し込みはまちづくり役場まで
募集要項(PDF)はこちら
昨今、中小企業の後継者不足が大きな問題となっています。商店街でも同様で、長浜も黒壁効果などで数多くのお客さまが来街され、全国でも中心市街地活性化の代表事例といわれますが、その一方で後継者不足という大きな問題を抱えています。
特非)まちづくり役場では、まちづくりにおけるイエとミセとマチの関係性を重視して、いままで「長浜家業研究会」など家業の継承についての勉強会の開催やイエ・ミセ・マチ研究所の設置などの活動を行なってまいりました。
今後のまちづくりを考える上では、まちの担い手となる人材の育成が必要であり、そのために家業を文化と捉えた、これからの家業のあり方と後継者の育成を考えていかなければならないと考えます。
今回は、北近江秀吉博覧会のトータルコーディネーター・フードピア金沢のプロデユーサーをつとめられた出島二郎氏を講師に迎え、5回の講座を開催し、まとめとして家業フォーラムの開催を2月に予定しております。
塾生の募集期間は9月10日まで。定員は15名で、すでに金沢など県外からの参加応募も来ています。申し込みはまちづくり役場まで
募集要項(PDF)はこちら
浅井三姉妹スクール
テーマ:まちづくり
2010/08/20 00:46
今日は脳に刺激な日。お昼は大津で経営戦略研究会
5:00に終わって急いで長浜へ
浅井三姉妹スクールの開講式にぎりぎり間に合いました。
浅井三姉妹スクールは、今回の三姉妹博覧会の一部で、商品開発やソフト開発など、新しい取組をするための勉強会。開講式は秀吉博のトータルコーディネータでもあった出島二郎先生。
先生の言葉はやっぱり身に突き刺さります。刺激的な一時間
その後で交流会、それが終わってクラブDJのメンバーと先生とまた刺激的な三時間。
妥協を許さない先生の言葉は。時に厳しく、物事の本質を考えさせられます。
10人ばかりでワイン8本開けて、でもまったく酔いがまわりません。
限りなく知的な良い時間を過ごすことができました。
P.S. まちづくり役場では「新家業塾」という勉強会を9/17から始めます。
くわしくはまちづくり役場まで
5:00に終わって急いで長浜へ
浅井三姉妹スクールの開講式にぎりぎり間に合いました。
浅井三姉妹スクールは、今回の三姉妹博覧会の一部で、商品開発やソフト開発など、新しい取組をするための勉強会。開講式は秀吉博のトータルコーディネータでもあった出島二郎先生。
先生の言葉はやっぱり身に突き刺さります。刺激的な一時間
その後で交流会、それが終わってクラブDJのメンバーと先生とまた刺激的な三時間。
妥協を許さない先生の言葉は。時に厳しく、物事の本質を考えさせられます。
10人ばかりでワイン8本開けて、でもまったく酔いがまわりません。
限りなく知的な良い時間を過ごすことができました。
P.S. まちづくり役場では「新家業塾」という勉強会を9/17から始めます。
くわしくはまちづくり役場まで
PTAの事業をどう考えるか
テーマ:まちづくり
2010/08/13 01:34
おおのさんのリクエストでPTAの事業について、雑感。
この世は義理と人情でできているので、結局小学校で本部役員3年+会長、中学校も本部役員3年?+会長、高校は2年+会長+現教育振興会会長+別の2つの高校で監事をしてきたので、まぁそこそこ役員をやらせていただいた口になってしまった。
小学校で思ったのは、徹底した前例主義。長浜だと長小、北小、西中、北中あたりは役員が継続することが多いけれど、一般の学校はかなり変わるようなので余計だろうね。目的と手法について議論をする・・・という性格の団体でもないので、踏襲型になるのはやむを得ない。
逆にすれば数年間継続して定番化すれば事業の継続は容易である。
ビアレルーチェも3年間継続すれば定番化する、この考え方で事業を組み立てたのである。もっとも踏襲型は事業の実行が目的化してしまいがちなので、時々、本来の意義について確認作業をすることが必要なのだけれど。
ビアレの最初は生徒による灯りづくりからだった。商店街の人たちが生徒に灯りづくりを教えて、生徒が作ってそれを飾ることから始まった。「地域に出ること」「地域の人々と触れること」「自らが企画実行すること」「それを社会的に評価すること」。これがビアレの原点である。
残念ながら(無理もないのだけれど)、先生方は地域を、地域の人々をあまりに知らなさすぎる人が多い。本来の仕事以外に地域のボランティアのフィールドを持っているような先生なら(少数だが)地域の人々との巻き込み方を知ってらっしゃるのだが、閉鎖的な教員の社会だけで、という先生だと交流関係に立体感がないのである。
もっとも、現在では先生の仕事だけでも大変なので、それだけを責めるわけにもいかないのだけどね。
それをサポートするのがPTAの役割でないだろうか。よくPTCAと云われるが、親の教育力が急速に低下している現状では、地域との接点を作り、地域が持つ知恵と人材を生かしていく仕掛け作りが大切だと思う。地域はスペシャリストの宝の山でもあるのだ。
お隣の市だったので、監事でこらえてもらったけどH西高はPTAで仕掛けたら一番面白いだろうなと思った。生徒の力を地域で活かすことで、地域も学校も、PTA自身も劇的に良くなる可能性を秘めていたからである。
その点、進学校は勉強が第一になってしまうので、PTAも比較的あっさりして面白みに欠けてしまうね。
今、自治会を中心に地域づくり協議会が生まれているが、自治会ベースだと年配の人に偏りがちになってしまうし、私自身自治会長なので、そちらの役もあるのだが、もうひとつ乗り気になれないのはなぜなのか? これをPTA組織と連動できるスキームを作れば、地域づくりにかかわる年齢層がずっと幅広くなる。
長小が毎年行なっている「長小夏祭り」なんか良いヒントだと思うのだが・・・。
この世は義理と人情でできているので、結局小学校で本部役員3年+会長、中学校も本部役員3年?+会長、高校は2年+会長+現教育振興会会長+別の2つの高校で監事をしてきたので、まぁそこそこ役員をやらせていただいた口になってしまった。
小学校で思ったのは、徹底した前例主義。長浜だと長小、北小、西中、北中あたりは役員が継続することが多いけれど、一般の学校はかなり変わるようなので余計だろうね。目的と手法について議論をする・・・という性格の団体でもないので、踏襲型になるのはやむを得ない。
逆にすれば数年間継続して定番化すれば事業の継続は容易である。
ビアレルーチェも3年間継続すれば定番化する、この考え方で事業を組み立てたのである。もっとも踏襲型は事業の実行が目的化してしまいがちなので、時々、本来の意義について確認作業をすることが必要なのだけれど。
ビアレの最初は生徒による灯りづくりからだった。商店街の人たちが生徒に灯りづくりを教えて、生徒が作ってそれを飾ることから始まった。「地域に出ること」「地域の人々と触れること」「自らが企画実行すること」「それを社会的に評価すること」。これがビアレの原点である。
残念ながら(無理もないのだけれど)、先生方は地域を、地域の人々をあまりに知らなさすぎる人が多い。本来の仕事以外に地域のボランティアのフィールドを持っているような先生なら(少数だが)地域の人々との巻き込み方を知ってらっしゃるのだが、閉鎖的な教員の社会だけで、という先生だと交流関係に立体感がないのである。
もっとも、現在では先生の仕事だけでも大変なので、それだけを責めるわけにもいかないのだけどね。
それをサポートするのがPTAの役割でないだろうか。よくPTCAと云われるが、親の教育力が急速に低下している現状では、地域との接点を作り、地域が持つ知恵と人材を生かしていく仕掛け作りが大切だと思う。地域はスペシャリストの宝の山でもあるのだ。
お隣の市だったので、監事でこらえてもらったけどH西高はPTAで仕掛けたら一番面白いだろうなと思った。生徒の力を地域で活かすことで、地域も学校も、PTA自身も劇的に良くなる可能性を秘めていたからである。
その点、進学校は勉強が第一になってしまうので、PTAも比較的あっさりして面白みに欠けてしまうね。
今、自治会を中心に地域づくり協議会が生まれているが、自治会ベースだと年配の人に偏りがちになってしまうし、私自身自治会長なので、そちらの役もあるのだが、もうひとつ乗り気になれないのはなぜなのか? これをPTA組織と連動できるスキームを作れば、地域づくりにかかわる年齢層がずっと幅広くなる。
長小が毎年行なっている「長小夏祭り」なんか良いヒントだと思うのだが・・・。
西中のチャリティ屋台
テーマ:まちづくり
2010/08/10 20:55
8月7日に大手門通りで行なわれたビアレルーチェ(灯りの並木道)のイベントで、今年も長浜西中PTA事業として2年生のチャリティ屋台が行なわれた。
おそらく今年で8年か9年目ぐらいになるはずだ。なぜ、これが始まったかについて、今のうちに記しておこうと思う。
当時PTAの役員で事業のあり方や進め方でいろいろと議論をしていたのだけれど、その考え方は「将来の町衆づくり」をしかけようということであった。まちづくりはひとづくり、ということである。
それと、PTA事業というと、どうしても親がお膳立てをしてというパターンが多かったのだけれど、小学生ならともかく、中学生には自分たちで事業を組み立て実行するということを体験できる場を提供しようという考えだった。親は黒子で良いということだ。
そこでいろんな仕掛けを考えた。
当時一年生は総合学習の時間で、地域を学ぶ、ということを行なっていたので、PTA事業としてはまちなかスタンプラリーを企画した。このスタンプラリーの特徴は、参加者が観光客、ラリーの運営やポイントでの説明を生徒が行なうというものである。生徒から実行委員を募って、お旅所のところの受付から、チェックポイントの運営などの企画をしてもらった。親は不測の事態のためにそばに居てるだけである。
そして二年生は、ビアレルーチェの参加事業である。前年に実行委員会形式で行なっているために、実行委員に応募する生徒が多すぎてうれしい悲鳴をあげたということもある。生徒による実行委員会でペットボトルタワーの製作や灯りの製作やクラス別屋台の企画運営を行なう方式で、現在も定着しているようだ。親は、子どもができないことと、チェックと安全確認だけという役割。
当時から生徒会を中心に花火の後片付けボランティアに取り組んでいたので、生徒達にも素地は十分あったのだ。
私たちの役割はお膳立てと、あとは地方紙を含めマスコミなどにできるだけ生徒の活動をアピールすることだった。「自分たちが考え企画実行したことが、社会的に認められる」というプロセスを経験してほしかったからであり、そのためには新聞等に載ることが一番だった。
これができたのも、西中のPTAは役員が継続して残るというスタイルがあるために、何年間か継続的に取り組むことができたということがある。なかなか1人だけの思いだけでは続かない。お金もPTA単独の事業費はあまりないので、ロータリークラブなどの奉仕団体や、公民館などにも共催というカタチで引っ張り出すことができたことを覚えている。
当時の生徒達は今20歳前後、これからの活躍に期待したいところであるし、このような取組をPTAも続けてもらえればと願う。
おそらく今年で8年か9年目ぐらいになるはずだ。なぜ、これが始まったかについて、今のうちに記しておこうと思う。
当時PTAの役員で事業のあり方や進め方でいろいろと議論をしていたのだけれど、その考え方は「将来の町衆づくり」をしかけようということであった。まちづくりはひとづくり、ということである。
それと、PTA事業というと、どうしても親がお膳立てをしてというパターンが多かったのだけれど、小学生ならともかく、中学生には自分たちで事業を組み立て実行するということを体験できる場を提供しようという考えだった。親は黒子で良いということだ。
そこでいろんな仕掛けを考えた。
当時一年生は総合学習の時間で、地域を学ぶ、ということを行なっていたので、PTA事業としてはまちなかスタンプラリーを企画した。このスタンプラリーの特徴は、参加者が観光客、ラリーの運営やポイントでの説明を生徒が行なうというものである。生徒から実行委員を募って、お旅所のところの受付から、チェックポイントの運営などの企画をしてもらった。親は不測の事態のためにそばに居てるだけである。
そして二年生は、ビアレルーチェの参加事業である。前年に実行委員会形式で行なっているために、実行委員に応募する生徒が多すぎてうれしい悲鳴をあげたということもある。生徒による実行委員会でペットボトルタワーの製作や灯りの製作やクラス別屋台の企画運営を行なう方式で、現在も定着しているようだ。親は、子どもができないことと、チェックと安全確認だけという役割。
当時から生徒会を中心に花火の後片付けボランティアに取り組んでいたので、生徒達にも素地は十分あったのだ。
私たちの役割はお膳立てと、あとは地方紙を含めマスコミなどにできるだけ生徒の活動をアピールすることだった。「自分たちが考え企画実行したことが、社会的に認められる」というプロセスを経験してほしかったからであり、そのためには新聞等に載ることが一番だった。
これができたのも、西中のPTAは役員が継続して残るというスタイルがあるために、何年間か継続的に取り組むことができたということがある。なかなか1人だけの思いだけでは続かない。お金もPTA単独の事業費はあまりないので、ロータリークラブなどの奉仕団体や、公民館などにも共催というカタチで引っ張り出すことができたことを覚えている。
当時の生徒達は今20歳前後、これからの活躍に期待したいところであるし、このような取組をPTAも続けてもらえればと願う。
